週報タイトル

【週報】平成17年9月28日 第960回例会 第946号
会長:中村 義英 副会長:長沼 一雄 幹事:片岡 邦夫 会報委員長:藤野 勝彦

<2005−2006年度テーマ>
超我の奉仕 RI会長 カール・ウィルヘルム・ステンハマー
超我の奉仕 2580地区ガバナー 古宮 誠一
20周年を迎えて、更に大きく『愛』の輪を クラブ会長 中村 義英

本日の卓話

   「私とロータリー」
         吉田 長二 君
         長島 資生 君

            紹介者 藤田 喜太郎 君

次回卓話予定

   「私とロータリー」
         長堀 映司 君
         海内 栄一 君

            紹介者 藤田 喜太郎 君


前回の記録

【会長報告】<中村 会長>
・大変涼しくなりました。暑さ寒さも彼岸までと申しますが、昨日は彼岸の入り、正にその通りです。お彼岸は我々が悟りの世界に行けるための一週間の修業の期間です。この一週間、私たちもせいぜい精進をして、一歩でも悟りの世界に近づきましょう。

【幹事報告】<片岡 幹事>
・先週の例会後に行われました理事・役員会の報告をいたします。
・来週の例会は夜間例会となりますので、いつものことですがお間違いのないようにお願い致します。

【委員会報告】
《社会奉仕委員会》−吉沼委員長−
・9月24日、10時より彼岸花開花セレモニーを行います。当日は全員出席を旨と致しますので、理事会決定により、メーキャップ対象となります。尚、終了後皆様での会食の場所を用意しておりますので奮ってご参加下さい。

《クラブ奉仕委員会》−長沼委員長−
・今年度、第2回役員委員長会を開催致します。10月19日水曜日午後6時半より、「川松別館」です。出席の程よろしくお願い申し上げます。

《会計》−長堀会計−
・2004〜2005年度の会計報告書が出来ましたのでご報告いたします。今までの会計報告書はわかりにくいので、出来るだけ会員にわかりやすい報告書を作ったつもりです。今後はもっとすっきりとした会計報告書にできたらと考えています。

【来訪者】
ゲスト 2 名     ビジター 3 名
【出席報告】
総数 49名, 出席 37名, 欠席 10名, 出席率 78.72%
(免除 2名)
第957回 修正 0名欠席 , 出席率 100
%

 
【ニコニコボックス】

■植木君
・中川さん、ようこそ。
■植木、斉藤、上野、藤田、遠藤、宮村、中村、永井、長島、山尾、井田、長沼君
・加美山さん、ようこそ。お話し楽しみにしています。
■片岡君
・今週の24日、土曜日の隅田川・花の名所づくりの開花イベントには出席できませんが、よろしくお願い致します。

■米山奨学生 リー・ツヨン君
・一ヶ月をかけて中国への旅から帰ってきました。またまた太ってきました。でもこれからも例会の食事をいっぱい食べるつもりです。よろしくお願い致します。
■松本(勝)君
・過日は父の葬儀に際しましては、ご来臨の栄を賜り、ありがとうございました。親睦の皆様にお世話になりました。誠にありがとうございました。

10月度の卓話予定表
5日
私とロータリー
長堀映司君海内栄一君(会員卓話)
12日
第1回家庭集会発表日
19日
ロータリーと職業奉仕
国際キリスト教大学評議員 小堀憲助様
26日
クラブ協議会
古宮誠一ガバナー/ガバナー公式訪問

【卓 話】

     「ロータリー米山記念奨学会について」


          パストガバナー
          東京北ロータリークラブ

                加美山 節 様


                   紹介者 柘 利徳 君
 私は今年満86才になります。先月末まで米山財団の副理事長を務めさせて頂いておりましたが、漸く任期満了致したところです。募金へのご協力ありがとうございました。
 1905年にシカゴの街に誕生したロータリークラブは、百年の歴史を刻んで、今では168ヶ国に32,292R.C.、122万1千人の会員を擁する大組織になり、職業倫理を標榜すると同時に、教育と人道援助に深い関心を示して参りました。
 日本のロータリーは米山梅吉、福島喜三次などにより1920(大正9)年東京R.C.が設立されましたが、大正12年の関東大震災に際しての手厚い救援に、ロータリーの真価を教えられ、 日本本土のみならず、台湾・朝鮮・満州に発展して行った日本のロータリークラブは独自の倫理宣言を発表したりしております。その後、大東亜戦争の時代となり、1940(昭和15)年ロータリーを脱会、復帰を認められたのは1949(昭和24)年で、講和会議(1951)の昭和26年の2年前のことでした。
 東京R.C.の初代会長の米山梅吉は明治元年2月4日生まれ、明治21〜28年渡米してシラキュウス大学に学び、帰国して明治30年三井銀行に入っております。その時、大正9年に東京R.C.を設立致しました。その後、三井信託を設立、社長になり(大正12〜昭和9年)退任後は三井報恩会の会長を務め、昭和21年4月28日終戦を見ずに78歳で没しております。
 1949年、R.I.に復帰加盟した東京R.C.は、生前米山の数々の学生を助けながらの陰徳を偲んで、1952年、米山募金を作り、月にタバコ1箱を節約して、留学生支援にをスローガンに260万円を集め、タイ国からのソムチャード、インドからのイーベンの両君を取り上げ、1958年全国のR.C.に呼びかけ、1967年に財団法人ロータリー米山記念奨学金が許可されています。
 戦後平和のかけ橋として東南アジアを対象に、主として理工科系の学生に学費を助けるのを目標に始めたものだったが、1959年に世話クラブ制、71年にカウンセラー、2001年からは指定校と推薦制が採用され、救貧から優秀な学生の募集へと大きく方向転換するに至り、対象地域もロータリーのある国からという事を緩和し、世界中何処からでもにしております。最近は現地採用も可能な様に変えようと、試みにベトナムを考えています。尚、問題は多々あり、反日の国からの学生をどうするか。カウンセラーのセクハラ問題などもあります。
 R財団と米山の関係もあり、R.I.の理事会の誤解が過去にあったのですが、ビチャイ・ラタクル前会長のとりなしもあり、R.I.の多地区合同奉仕活動として公式に存在が認められる様になったところです。